5代目 小林稔明

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5代目 小林稔明

想いをしるしに 

小林大伸堂は創業以来 約130年間、印鑑お作りしてきました。
印鑑は契約に使われる認証の道具でしたが、時代とともにその役割を終えつつあります。 そんな中、印鑑の役割を「大切な契約に押す」ものから「大切な人の背中を押す」ものに変えたい。 その結果、自分自身を大切にし、周りの人のことも大切に想える人を一人でも増やすことが僕の夢です。
そんな想いで、今日もお一人お一人の想いを込めたしるしをおつくりしています。

自己紹介 

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撮影したわが子

◆小林大伸堂の5代目であり、2児の子を持つ父です。

◆趣味は子供の写真を撮ること、ギターを弾くこと、料理を作ることです。(ミスチルの桜井さんが紡ぐ言葉の力によって、幾度となく支えられてきました。言葉の持つ力で誰かをわが子の人生を支えたい、という想いから「こまもり箱」をおつくりしています。

◆京都の大学を卒業後、大阪の芝翫香という宝飾店で勤務していました。(実は人前で話をしたり接客をすることが苦手なのですが、今となってはここで働かせてもらった経験が、松屋銀座での催事などで役立っています。)

◆金沢の師匠のもと、印鑑彫刻の修行を行い、印章彫刻士2級を取得しました。

モットー 

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名前の由来とモットーを絵に

『イメージをカタチにして感動を届ける』
これが僕のモット-です。
原動力は誰かの感情を動かしたいという想いです。

「今」という瞬間的な想いや感情が、
数年たった後にフラッシュバックするように、
何かしらのカタチに真空パックしたい。
そしてその想い時間や場所をまたいでも途切れずに結ばれ続けることで、
幸せの瞬間を一生ものにするようなお手伝いがしたい。
いつもそんなことを考えて生きています。

そして、小林稔明という名前に込められた、
「小さな林が大きく稔るように」という由来のように、
コツコツと時間をかけて、 夢を実らせていきたい、と思っています。

父からの教え

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子供の頃の写真

当時、小さな小さなまちの印鑑屋さんだった小林大伸堂が、多くの方に認知してもらうきっかけとなったのがインターネットでした。当時、インターネットでの商売なんてものは世の中にほとんど浸透しいなかった時代でしたから、4代目である父はよく、「そんな遊びみたいなもので印鑑が売れるわけないでしょ。」と言われていたそうです。

それに対して父は、「根拠はなかったけど、人が無理でしょ!ということこそ新しいチャンスなんだ」ということをよく言っていました。

当時から今も変わらず、父が言っていることがあります。 それは、「自らの前向きな気持ちが運を運んでくる」ということです。

その言葉は、当時新卒で入社した企業で思うよな結果を出せずに福井に戻ってきた僕自身の背中をあと押ししてくれ、立ち直るための原動力となりました。

試験当日の大失敗

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転んで見上げた空は広かった
今から10年前。
持てる力を発揮できたらなんとか合格できるだろう、という軽はずみな気持ちで挑んだ印鑑彫刻の国家試験試験当日、あろうことか5時間くらいある試験の2時間以上が経過したところで、取り返しがつかないくらいの大失敗をしていたことに気がつきました。ほんの些細なミス、だけど、その小さなミスは国家試験としては取り返しのつかないくらいの大問題でした。

「この日のために何年間も練習してきたのに!なんでよりによってこんな大事な日に・・・。いっそ気がつかなければよかった。もういいや、諦めて帰ろうかな。」

そんなマイナス思考な言葉が頭の中で何度も何度も鳴り響きました。そんな絶望を抱いて過ごした途中休憩の時間に、同じ試験会場で出会ったある職人仲間からかけれれた「この試験受かったら、一緒に1級を目指そう」という言葉が心に突き刺さりました。

その一言が、どん底の気分に浸っていた僕を突き動かしました。

今までの自分のやり方では確実に時間に間に合わすことすらできない。やり方もすべてを変更して、ただただひたすらに印鑑を彫り続けました。時間終了5分前になってもまだ完成しておらず、焦りだけが襲ってきました。それでもなんとかかんとかカタチにして審査員の方に提出。

「最後までやりきった!!!」そのときに感じた気持ちはこうでした。もう合格とか不合格とか、正直どうでも良いって思えるくらい(笑)。あの時の僕が手にしたものは、「いつも通りやったうえでの合格へ安心感」よりも何倍も価値のある達成感でした。

結果的に、印章彫刻士の国家試験に合格!

思い返せば、日頃より父から、「試験は5時間あるけど、3時間で彫れるようにしておけ」と口酸っぱく言われていました。修行中はうるさいな!と思っていたのですが、「取り返しのつかない状況でも巻き返せるスキル」を身につけさせてくれていた、ということに気づかされた自分がいました。

使命と向き合う 

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歴史を受け継ぎ、革新を起こす

歴史を受け継ぐということは、代々受け継がれてきた目には見えないバトン、あるいはたすきのようなものを繋いでいくようなことだと思っています。

大切なことは、自分一人で走ってきた・走っていくのではないということです。バトンには歴史があり、時代と共に受け継がれてきた先代たちの想いがあります。

目には見えないけれど繋がっているDNAのように、このバトンにも確かなつながりがあると感じています。

ここにいたるまでには長い長い「歴史」があったわけですが、その過程では、数々の選択と決断があったそうです。僕は物心ついた頃から知らず知らずのちに、そのような話を聞いて育ってきました。

これまで先代たちの話を聞いてきた中で、いつも共通していたことは、「時代に合わせて変化していけ。」ということでした。ただ受け継ぐだけでは、それまでと同じことを繰り返しているだけでは先はない。老舗は時代に合わせて変化し続けている。だから長い歴史を築くことができるのだと。

そんな経緯があって、「歴史を受け継ぎ、革新を起こす」という自分に課せられたミッションに気付くことが出来ました。

プロポーズの常識を変えたい 

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プロポーズ印鑑

当時、ジュエリー関係の会社でブライダルコーナーをまかされていた頃、変わりつつあるブライダル市場において「消費者側と企業側のギャップ」に疑問を感じていました。

その時に感じていた疑問、それが、「プロポーズのサプライズに婚約指輪を」というブライダル業界のアプローチでした。

「プロポーズは給料3か月分の婚約指輪で一生の約束を・・・」という時代があったそうですが、これはすでに過去のもの。

8割以上のお客様が、結婚することが決まったカップルで、婚約者と2人で婚約指輪を選ぶというパターンでした。サプライズで渡すために男性1人で婚約指輪を買いに来られる方の少なさに驚きを感じ、当時の僕は、それまで抱いていた常識を覆された気分でした。

ちなみに、プロポーズのタイミングで婚約指輪を渡さない理由として、1)「高価な指輪を買ってもし彼女が気に入らなかったらどうしよう・・・」という男性側の理由や、2)「婚約指輪は自分の好みで選びたい」という女性側の理由があげられます。

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プロポーズから結婚まで

それと同時に、あることに気がつきました。それは、婚約指輪を渡すタイミングがプロポーズの時ではなくなったということは、プロポーズのサプライズで、婚約指輪以外の何かを欲している人がいるのでは?ということです。

今、婚約指輪に変わるプロポーズには何がいいだろうか?と考えていた時に、ローズストーンの宝石印鑑がまさにあてはまる。きっと求めている人がたくさんいるだろう。そう思ってブログに掲載したところ、ポツリポツリと問い合わせがはいるようになりました。

大きく動き出したのは、僕自身がプロポーズの際に実際に行ったサプライズを掲載した時のことでした。

ローズストーンの宝石印鑑の側面に、「Will you marry me ?」というメッセージを刻んで、新しい苗字と共に贈るサプライズプロポーズでした。

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プロポーズ時の写真

僕自身がやりたい!と思ったプロポーズ。人とは違った婚約指輪以外のプロポーズ。それに共感して頂いた方々から、「自分も同じことがしたい!」という問い合わせをたくさん頂きました。

◆これからプロポーズをする人が探しているのは、より大きなダイヤモンドが入った婚約指輪ではありません。より透明度の高い宝石印鑑でもありません。

その一瞬を一生の思い出に残すための、人とは違ったプロポーズのサプライズアイテムです。彼女の人生最高の笑顔をつくるための演出ができる何かです。

インターネットやSNSの普及により、情報量が圧倒的に増えたとことにより、選択肢も増えました。一昔前のように、大衆が良いと思うものやことを求める人ばかりではなくなりました。 それこそ、そんなもの誰が買うの?というものに共感が生まれる時代になったのです。

「印鑑でプロポーズするのは印鑑屋だからでしょ。」

そんなことを言われ、悔しい思いをしたこともありましたが、共感してくださる多くの方のおかげで、古い常識や先入観、固定観念にとらわれないところから、新しい常識が生まれる体験をすることができました。

僕たちは、そのことを忘れず、今の形に固執することなく、より楽しい解決ができるよう、常に変化していきたいと思っています。

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